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清掃員さんと悪戯

「ヒトハさんってさ、魔法ヘタなの?」

 と、数ミリのブレもない直球で放たれた質問に、ヒトハは思わず、口を一文字に結んだ。
 昼休みにたまたまベンチで昼ご飯を食べていたところ、何をどうしてか例の一年生たちに出会ったのだ。ハーツラビュル寮のエースとデュース、そして今話題のオンボロ寮の監督生とその使い魔らしき喋る猫、グリムである。今、ヒトハにとって急所とも言えるところに剛球をぶつけてきたのはエース・トラッポラだ。この子は頭の回転が速く、器用で、そして少し意地悪だった。

「下手じゃないです。魔力量が少ないと言ってください」
「エース、失礼だぞ。ヒトハさんはそよ風を吹かせる魔法が得意なだけで、下手なわけじゃない」

 デュースはデュースで若干斜め向いたフォローを投げてくるし、監督生は呆れているし、グリムは「それってヘタってことなんだゾ!」と囃し立てて監督生に叱られている。
 年上として、魔法士養成学校卒の先輩としてもはや立つ瀬無しというところまで追いつめられて、ヒトハは昼食のサンドイッチをデュースに押し付けた。

「そこまで言うなら、見せてあげましょう」

 ヒトハは杖を取り出した。生徒たちの使用するマジカルペンとはまた形状の違ったものである。
 その杖を軽く振ると、次の瞬間にはもう片方の手にマジカルペンが収まっている。赤い魔法石がはめ込まれているのはハーツラビュル寮の証だ。

「あ!」

 ヒトハは一振りで、気取られることなくエースの胸ポケットからマジカルペンを奪って見せたのだった。

「魔法士にとって杖は命より大切なものです。奪われたら手も足も出ませんからね」

 はい、とペンを返すとエースが少し悔しそうにしていた。これで少しは懲りただろうか。
 ヒトハは魔力量が少ない代わりに、魔法のコントロールだけは人一倍得意だった。演習の時はこの方法で相手を降伏させるのが常で、まともに戦うことはない。正面からぶつかって負けるくらいなら、正々堂々降伏を勝ち取りに行った方が戦略的には正解だし、先生もこれを評価していた。「これで魔力量が人並みにあれば、もっといい学校に行けたのにな」と言われたのは少し不服だったけれど。

「すげぇ……!」

 デュースが大袈裟なほどに感動してくれるので、ヒトハは得意げに「大人にケンカを売るもんじゃあないですよ」と言って胸を張った。

「じゃあさ、あそこにいるクルーウェル先生の奪ってみてよ」

 次にエースは、何を思ったのか、少し離れたところを歩いているクルーウェルを指さした。

「え? あの指揮棒みたいなやつ? いや怒られますよ、さすがに」
「さすがに不味いだろ」

 これにはデュースも監督生も反対で、かと言って引き下がるはずもないエースは、こともあろうに「この前トランプで負けた時の罰ゲーム、まだだったじゃん」と言い始めたのだった。
 この前のトランプとは放課後に暇を持て余したエースたちが、たまたまそこにいたヒトハを頭数に入れてやったオールドメイド──ヒトハの国で言う“ババ抜き”のことで、ヒトハはこれでコテンパンにされた。罰ゲームを言い渡される前に逃げたので無効と思っていたし、ほかのメンバーも何も言わなかったが、エースだけは覚えていたのだった。
 ヒトハはエースに、“筋金入りの意地悪”の称号を与えてやることにした。

「大丈夫だって! この距離じゃ誰がやったかわかんないし。それにクルーウェル先生って、ヒトハさんにはちょっと甘いじゃん」
「あれは甘いとは言わないんですよ。関心がないと言うんです」
「ほら早く! 行っちゃうから!じゃないと罰ゲーム、もっと酷いのにしちゃうかも」

 これ以上酷い罰ゲームがあるものか。ヒトハは深々とため息をついた。
 グリムは「やっちまえ~!」なんて言いながら大盛り上がりである。
 とはいえ、ヒトハ程度の力ではおそらく、クルーウェルは違和感を覚えるだけで何も起きないはずだ。相手はナイトレイブンカレッジの教師で、魔法士として上位の存在だ。ヒトハがちょっと魔法を使ったって羽虫が飛んでいる、くらいのものだろう。

「あー、あー! 分かりました分かりました! 見つかったらみんなで謝罪ですからね!」

 ヒトハは渋々、その杖の先をクルーウェルに向けて、少し動かした。途端、ヒトハの杖はその手から勢いよくはじけ飛んだ。

「あ゛」

 杖は空中を目にもとまらぬ速さでくるくると回転して後方に飛んで行ったかと思うと、花壇に深々と突き刺さったのだった。
 せいぜい何者かが何かをしようとしている、くらいにしか分からないと思っていたが、クルーウェルは正確に誰が何をしようとしているのかを察知したばかりか、強烈な反撃までお見舞いしてきたのだ。魔法士としての次元の違いに、ヒトハは震えた。

「やばい」

 どっと汗が噴き出す。ヒトハは慌てて逃げようとしたが、それよりも速く、とんでもない迫力で「そこの駄犬!!」と怒号が飛んでくる。
 エースたちはすでに蜘蛛の子を散らすように逃げ出していて、デュースが去り際に「すみません、この埋め合わせは必ず」と言い残していったが、埋め合わせも何も命がないかもしれないのに、とヒトハは途方に暮れた。

「先ほど、愚かにも、この俺に、魔法をかけようとしたのはお前だな?」
「いっ、いや! これには、深い訳が!」

 ヒュンと空気を切る音がして、ヒトハはベンチから動けないままガタガタと震えた。顔のほんの数ミリ横を、指揮棒もとい鞭が掠る。

「言い訳無用! 泣きながら伏せができるまで躾けてやる」
「ひえ……」

 首根っこを引っ掴まれ引きずられる。ヒトハには一切抵抗ができなかった。杖を吹き飛ばされて丸腰になった魔法士は、杖を持った魔法士に手も足も出ない。先ほど自分がやって見せた通りの状態になって、ヒトハは深く後悔した。
 遠くに心配そうにしているデュースと監督生の姿が見える。エースとグリムは爆笑していたのでもう絶対に許さないとして、ヒトハは良心がまだ残っている二人に心の中で語りかけた。

(目上の魔法士の杖を奪おうとしてはいけません。挑発とみなされ、最悪こうなります……)

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