清掃員さんとフェアリーガラ

08

 クルーウェルは、スマホを手に夕暮れのメインストリートを歩いていた。つい先ほど教室で眠たそうにしていた彼女に連絡をしたいのに、呼び出し音はループを続け、一向に返事が返ってこない。

「あいつ、どこで何してるんだ?」

 そう口にしておきながら、思い当たる節はあった。
 フェアリーガラに潜入して魔法石を取り戻す計画が始まったその日から、彼女が馬車馬の如く働いていたのを知っている。
 彼女は知識をつけろと言えば生徒も嫌がる厚い本を読み、地道な作業に文句も言わず、どれだけ夜が遅くなっても辛抱強く働いた。衣装作りを終えても、本番の今日まで生徒たちを支えることに尽してきたのだ。
 素直で責任感が強く、努力家な一面を評価して誘った仕事だったが、これほどまでとは思っていなかった。頑なに仕事を手放そうとしない姿は、いっそ頑固とも言える。
 そんな彼女が仕事を終えた今、真っ先に取るべきは休養。

「部屋に戻ったか……?」

 戻って睡眠を取っている最中かもしれない。
 それが一番可能性としては高かったが、しかしこれだけ電話をかけても反応ひとつないというのも珍しいことだった。それに別れてから少し経っているとはいえ、家に帰り着いて寝るまでにはそれなりに時間がかかるはずだ。
 色々と納得のいかないことはあったが、なによりクルーウェルが納得いかなかったのは、「この俺が連絡しているのに一切反応がない」ということだった。

「……試してみるか」

 クルーウェルは立ち止まってスマホを仕舞った。それと入れ違いに黒い小箱を取り出し、その中の物を摘まみ出す。
 人差し指と親指の間に挟まる銀の輪。穏やかに波打つ流線をひと繋ぎにしたような、シンプルな指輪だ。これといって派手な装飾はないが、小さな赤い宝石が一粒だけ飾られている。それは夕日を受けて、より赤く、燃えるように輝いていた。

***

「あれ? クルーウェル先生?」

 エースは購買部の近くで珍しい人物を見つけて、思わず名前を口にした。エースの背からひょっこりと顔を覗かせるデュースとオンボロ寮の監督生も「ほんとだ」と驚く。
 フェアリーガラの打ち上げをしようと購買部で抱えるほどの菓子を買い込んだ三人と一匹は、何かを見つめながら一直線に歩く教師を見つけた。白黒コートの目立つ彼が、この時間帯の、この場所にいるのは少し珍しい。しかも植物園や魔法薬学室に用があるにしては様子がおかしく、駆け足と言わないまでも早足だ。

「クルーウェルのやつ、何してるんだ?」

 ツナ缶を大事そうに抱えたグリムが三人の考えを代弁するように言うと、それなりに遠くを歩いているはずの彼はピタリと足を止めた。

「そこの仔犬ども!」

 三人と一匹はビクリと体を強ばらせた。ぐるりと首を回し、クルーウェルは長い足を最大限に活かしながらこちらへ向かって来る。
 何か悪いことでもしただろうか。わけも分からないまま冷や汗を滲ませる三人と一匹だったが、彼は目の前にやって来るなり、落ち着いた声で言った。

「お前たち、ナガツキを見なかったか?」
「ヒトハさん?」

 想定外の質問に、三人と一匹はチラリと顔を見合わせた。

「鏡舎とオンボロ寮の周りでは見てません」

 デュースが控えめに答えて、同意するように残りが頷く。
 フェアリーガラを終えてメインストリートで合流した彼らは、ここまでの道すがら一度もヒトハの姿を見ていない。さらに言うなら、空調がおかしくなった校舎に用がある生徒もあまりおらず、人はほとんど見かけなかったくらいだ。

「そういやアイツ、本当に打ち上げに来るのか?」
「打ち上げ?」

 クルーウェルが聞き返すと、グリムは頷いた。

「フェアリーガラが終わったら、オンボロ寮でお菓子パーティーをするって約束してたんだ。ヒトハのヤツ、『奢るから好きなの買って寮で待ってて』って言ってたのに……アイツが来ないんじゃ大損なんだゾ……」

 グリムがぶつぶつと言うと、エースとデュース、オンボロ寮の監督生は“約束”を思い出して苦々しい顔をした。全員が持っているパンパンの袋には、つい数分前に「奢りだから」と大量購入した菓子が詰まっている。学生にとっては貴重な小遣いを削って買ったものだ。彼女が来なければ大損である。

「ま、まぁ、それは後で請求すればいいじゃん! 最近眠そうだったし、家に帰って仮眠でも取ってんじゃないっすか?」

 エースはここ最近、ヒトハの姿をよく目にしていた。作戦の手伝いをするオンボロ寮の監督生とグリムの様子を見に行くと、大抵一緒にいたからだ。だから彼女が楽しそうに仕事をしている裏で、欠伸を噛み殺していたことも知っている。仕事を終えた今、家に帰って早く寝たいと思うのは当然のことだろう。
 しかしクルーウェルは「いや、」と首を横に振り、遠くに目をやった。

「方角はこっちで合っている。あいつの家は逆側だ」
「方角?」

 エースたちはクルーウェルが顔を向けた方角に目をやった。遠くには魔法薬学室があり、植物園もある。しかし放課後となれば、先ほどクルーウェルが向かっていたのを不審に思うくらいには用のない場所でもある。
 クルーウェルは手元に目を落としながら「まだ精度が低いな」と文句を垂れた。釣られて三人も視線を落とし、グリムは足元で爪先を立てて背を伸ばす。

「見えないんだゾ……」

 グリムが不貞腐れると、クルーウェルは手のひらに載せていたものを指先で摘まみ上げた。

「何ですか、これ」

 デュースは少しだけ前のめりになってクルーウェルの手にある物を覗き込んだ。夕陽で赤く染まった銀色の輪。小粒の魔法石が付いた指輪だ。
 三人はそれぞれ指輪を観察すると、答えを求めて顔を上げる。

「これは魔法道具だ。同じ魔法石から削りだした魔法石同士でパス・・を繋げることができる」
「パス?」

 グリムが首を傾げる。

「多くはないが、魔力を送ったり、相手の魔力の揺らぎを感知することができる。今は魔法石の所在地──つまり、ナガツキがどこにいるかを探っているところだ。……しかしコンパス程度にしかならんな、これは」

 クルーウェルはしかめ面で指輪に向かって不満を吐いた。どうやら彼は方角だけではなく、もっと正確に位置を把握できることを期待していたらしい。
 エースは「先生って……」と、一瞬だけ言葉を躊躇った。

「もしかして、束縛するタイプ?」
「違う」

 素早く返され、興味本位で導火線に火を近づけたエースは「ですよね」と調子良く言いながら手を引っ込める。相手がヒトハなら怒り出すまで弄りまわすところだが、クルーウェルともなると反撃が洒落にならない。いかにも不快そうな顔をしているクルーウェルを見て、エースはこれ以上の追及は我慢することにしたのだった。
 その代わりデュースに疑問が湧いたらしく、彼は純粋な気持ちで訊ねた。

「……ってことは、同じ魔法石を持ってるヒトハさんも先生の居場所が分かるってことですよね?」
「いや、ナガツキはこれの使い道を知らないはずだ」
「え?」
「まだ説明していない。ただのアクセサリー程度にしか思っていないだろう」

 これには発言を我慢していたエースも思わず口を開いた。

「それって……」

 最近のヒトハを知っているエースには見覚えがあった。クルーウェルの持つ魔法石の片割れとは、彼女の新しい耳飾りのことだ。気に入ってよく鏡を見ているようだったから、エースの記憶にもはっきりと残っていた。
 まさか自分の位置を勝手に把握できる道具だなんて思ってもみなかっただろう。知っていたなら、あんなに嬉しそうな顔はしていないはずだ。嫌がって外していたかもしれない。
 そんな気がするから余計に言いたくなったのだ。

「先生ってやっぱり……束縛するタイプ?」
「違う」
「ですよね」

***

 あの魔法道具を使った瞬間から、何かおかしいと思っていた。
 彼女のいるであろう場所は家とは全く違う方角だし、指輪から伝わってくる魔力は常に不安定に揺らいでいる。時折こちらの魔力を引き出そうとしてくるのは、何か問題が起きているからだろう。元々この指輪と耳飾りは彼女に何かあったときに、いち早く気づいてやるために作った魔法道具だ。それがこんなにも早く活用されることになるとは、運が悪いと捉えるべきか、良いと捉えるべきか。
 クルーウェルは抑えようのない胸のざわつきに苛立っていた。もっと正確に感知できれば、こんな苛立ちを感じずともよかったのに。
 幸い、途中で出会った生徒たちはヒトハの捜索を手伝うと言ってくれた。ほとんど夜になった校内で人の捜索に生徒を駆り出すのは忍びなかったが、進んで申し出た生徒たちを止める理由はない。彼らだって不自然に連絡が取れないまま消えた彼女のことが心配なのだ。
 購買部の備品から魔法のランタンを借り、クルーウェルは生徒たちと別れて暗い学園を進んでいた。いつの間にか昇った月は冬の青白さを纏い、冷えた夜風は日中の春の気配を容易に攫っていく。こんな夜に、一体どこにいるというのか。
 指輪の故障を疑い始めた頃、遠くから「先生!」と呼ぶ声がした。ランタンを大きく振って合図する生徒たちに駆け寄ると、彼らは囲っている何かを見下ろす。
 それは目立たない場所にぽつんと佇むベンチだった。昔からあるものなのか、鉄は錆び、木は枯れ切った色をしている。この三人掛け程度のベンチに、ヒトハはいた。夜の寒さにはとても耐えきれない薄着のまま背を丸くして、横たわっている。クルーウェルは「寒くないのか」とランタンで顔を照らしたが、彼女は思っているよりもずっと穏やかな顔で眠り込んでいた。

「お前はなんて所で寝ているんだ。風邪を引くだろう」

 クルーウェルは呆れながらヒトハの肩を揺すった。

「ナガツキ、起きろ」

 しかし彼女は目を覚まさないばかりか、反応する気配すらない。瞼は固く閉じ、指一本動かないのだ。

「おい!!」

 ぐっと力を込めて肩を押す。仰向けになったヒトハは、ベンチの上で力なく四肢を投げ出した。クルーウェルはひゅっと息をのんだ。あまりに異様な光景に言葉を失くす。
 先生、と恐々と呼びかける声に意識を引き戻されて、クルーウェルは暗い顔をしているデュースに振り返った。

「実は僕たちが声を掛けてもずっと目を覚まさなくて」 
「なんだと……?」

 クルーウェルは急いで手袋を脱ぐと手をヒトハの頬と首筋に当てた。肌は夜風で冷えているが、生きている。間違いなく、生きているはずなのだ。

「魔法? いや、呪いか?」

 よく神経を尖らせると、わずかに魔法の気配があった。しかしこれはヒトハのものではなく、生徒たちのものでもない。まるで覚えのない魔力の残滓が周囲に漂っている。

(これは……)

 クルーウェルは直感した。ここには自分の知らない者が“いた”。あるいは、“いる”。

「そこ!」

 ヒュン、と素早く抜いた杖の先を跳ね上げる。蜘蛛の糸のように細い魔力を辿り、その先を掴んだクルーウェルは、容赦なくそれを引っ張り上げた。
 暗い茂みの中からポーンと宙を飛んで引っ張り出されたそれは、輝く金の粉を散らしながら姿を現した。後ろ首を宙に縫い留められ、小さな手足をじたばたとさせて暴れる。燃える赤い髪、赤い体。その姿は夜を仄かに明るく照らした。

「……妖精?」

 クルーウェルと生徒たちは唖然とその正体を見上げた。
 それはつい数時間前までフェアリーガラの会場で春を祝っていた者──妖精だった。会場には大小様々な妖精がいたが、彼はその中でもかなり小さな部類だ。リンリンと激しく何かを言って人間たちを威嚇しているが、それほど恐ろしいものではない。妖精は暴れるたびに炎を散らしたが、クルーウェルの魔法であっけなく遮られては掻き消えた。
 その妖精はしばらくすると暴れ疲れたのか、肩で息をしながら項垂れた。視線の先にはベンチに横たわるヒトハがいて、妖精は今にも泣き出しそうに目を潤ませる。

「何か知っているようだな?」

 クルーウェルはずいと妖精に顔を近づけた。彼は肩を萎ませて身を縮めたが、負けじと睨み返す目からは強い敵意が滲んでいる。鈴の音では何を言っているのかは分からないが、悪態のようなものであるのは、よく分かった。クルーウェルはそういった類の言葉には、特に敏感だった。

「お前がその気なら、いいだろう」

 クルーウェルはヒュンと再び杖の先を立てた。もう片方の手にあるランタンを持ち上げて片開きの扉を杖先で叩く。

「────!」

 その瞬間、妖精は開いた扉に勢いよく吸い込まれていった。

「う、うわ……」

 エースが青ざめる。数時間前までいかに彼らを刺激せずに作戦を遂行するかで奔走していたのに、これではまるで意味がない。妖精は三分の一ほどの小ささに縮んで、虫かごに放り込まれた蝶のごとく慌てふためいていた。まさかここでクルーウェルの逆鱗に触れてしまうとは。

「やっちまったんだゾ……」

 グリムが耳を下げて弱々しく呟く。

「妖精も人間も関係あるものか。貴様、覚悟はできているだろうな?」

 あわあわと状況を案じる生徒たちと反対に、クルーウェルだけは白い額にうっすらと青筋を立て、仔犬たちも逃げ出す笑みを浮かべていた。

「──さて、どういうことかじっくり聞かせてもらおうか?」

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