清掃員さんと先生のサマーホリデーの話

03 再会

「こちらです」

 す、とテーブルに手紙を置き、ヒトハはそれを覗き込む三人の様子を上目がちにうかがう。
 ポムフィオーレ寮の談話室。その片隅に、ヴィルとルーク、エペル、そしてヒトハが一つのテーブルを囲んで座っていた。自分の手の中にあると場違いに見える上品な封筒も、彼らのテリトリーにあれば相応のものに見えるから不思議だ。
 ヒトハはこの封筒──リオからもらった手紙の返事に悩み、わざわざ彼らに声を掛けた。この学園で、こういう話を相談できる相手は彼らくらいしか思い浮かばなかったのだ。レオナは適当にあしらうだろうし、カリムは肯定しかしないだろうし、オクタヴィネルの三人は……あまり考えたくはない。
 ヴィルは封筒を手にすると、それを裏返し、端整な眉を跳ね上げた。

「手紙の返事をどうしたらいいか分からないなんて、一体何を言い出したのかと思えば……これ、もしかして、あの“フォレスト”家の“レナード”さんから?」
「はい。ひょっとして、知り合いですか?」

 彼がリオの名前を知っているとは意外だ。ヒトハが頷くと、ヴィルは眉間を摘まんだ。

「名家の次期当主じゃない。一体どういう人脈よ……」

 え! とエペルが驚く。釣られてヒトハも驚いた。ヴィルの言った事実については知っているが、そんなに凄いことだとは知らなかったのだ。

「仕事で知り合ったときに失礼のないように、なるべく有名な人物の名前は記憶するようにしているの。……というか、アンタたち新聞読んでないの?」

 ヒトハはエペルと顔を見合わせ、誤魔化すようにへらりと笑う。

「……へへ」
「へへ、じゃないわよ。新聞くらい読みなさい。エペル、アンタもよ」

 とばっちりを受けたエペルは「はい……」と、しゅんと肩を落とした。
 ヴィルが言うには、リオの存在はメディアにしっかりと情報を掴まれていたらしい。
 かの高名な魔法士の子息が、なんと大人になってからの魔法の発現。そしてオーバーブロット。魔法界激震。天才魔法士現る。話題にならないわけがない。
 半年経った今ではほとんど聞かないが、その瞬間はたいそう盛り上がっていたらしい。
 やはり大変だったのだろうか、と年始のことを思い出す。リオは「忙しい」とは言っていたが、メディアについては何も言っていなかった。
 よく考えてみれば、それもそのはずである。彼はオーバーブロットから回復してすぐに旅に出たのだ。今も父親の仕事について回り、各地を巡りながら魔法を教わっている。一か所に留まることがないから、追いかけるにも苦労するし、取材するにも手間がかかる。
 そうこうしているうちに世間の関心は移り、今はもう誰も話題にしない。計算づくでやっていたなら大したものである。

「それで、そんな有名人から何て?」

 彼よりさらに有名なはずのヴィルが興味深げに言った。いかに世界のヴィル・シェーンハイトといえども、やはり気になるものだろうか。
 ヒトハはヴィルに返してもらった封筒から手紙と一枚のカードを取り出す。そしてそれをテーブルに広げた。

「パーティーの招待、です……」

 言いにくそうにしているヒトハと反対に、三人は三者三様の驚きを見せる。「はぁ?」「ええ!?」「オーララ!」と続き、ルークは「素敵なお誘いだね」とにっこりとしながら付け加えた。

「素敵、なんですかねぇ……」

 ヒトハは頬を掻いた。
 リオからもらった手紙には、こう書いてあった。

 ──サマーホリデーに若い魔法士を集めたパーティーが開かれます。
 ──しかしひとりで出席するのは不安で、困っています。
 ──よろしければ、一緒に出席してはいただけないでしょうか。

「もしかしてアンタ、極東で有名な魔法士一族の次期当主か何か?」
「いえ、極東のど田舎に住まう正真正銘の庶民ですね。魔法士は私だけでして」

 照れながら言うと、ヴィルは何とも言えない表情でヒトハを上から下までじっくりと眺めた。

「疑いようもないわね」
「うん、まぁ、そうでしょうね……」

 複雑な気分である。クルーウェルの手が入り始めてからは多少なりとも自信がついてきたのだが、そんなに田舎者オーラが滲み出ているのだろうか。
 自分の体を見下ろして難しい顔をするヒトハに、ルークは問いかけた。

「それで、パーティーには行くのかい?」

 そうだ、とヒトハは顔を上げた。今は手紙のことである。

「リオさんの力にはなりたいんですが、正直不安で。私が行って大丈夫なものなんでしょうか?」

 ヒトハは憂鬱そうに答えた。なんせどことも知れぬ場所で開かれる“若い魔法士を集めたパーティー”である。学園でハロウィーンの夜にやるような催しではないのだ。
 しかしヒトハの不安に対して、ヴィルは前向きだった。

「せっかくだし、予定がなければ行ってみてもいいんじゃない?」

 彼はカードを眺めながら、下顎を指で撫でた。

「フォレストの次期当主が招待されたパーティーなら、普通の魔法士は招かれないはず。いい経験になるでしょう。大体、メインはレナードさんなのだから、アンタは横でニコニコしていればいいのよ。飲み過ぎて悪目立ち、なんてことしなければ問題ないわ」
「そう、でしょうか……?」

 ヴィルは「たぶんね」と肩をすくめる。
 ヒトハはそれを聞いて、“行かない”に傾きかけていた天秤をぐらぐらと揺らした。ヴィルほどの大物であれば、この程度のパーティーなんて慣れっこだろう。そんな彼が後押しするのなら、きっと問題ないはずだ。
 それに、ヒトハも学園の外の魔法士に対して興味がないわけでもなかった。この学園に来て再び魔法に関わり始めたからこそ、もっとたくさんのことを知りたいと思う。良いことも、悪いことも、経験してみたい。

(でもなぁ……)

 あと一歩のところで決めかねているヒトハに、ヴィルは言った。

「それに、パートナーとして誘ってるのよ? 彼、アンタに気があるんじゃないの?」
「まさか」

 まるで想定外の言葉に、ヒトハは目を丸くした。そんな風に感じたことは一度だってない。会ってちゃんと話したのは一度きりだし、メッセージのやり取りだって近況を報告しあうくらいのものだ。ヒトハにとっては数少ない魔法士の友人のひとりで、彼にとってもそうであるはずだ。
 しかしヴィルは、そんなヒトハの様子を見て悪い笑みを浮かべる。

「どうかしら? その人の気持ちはその人にしか分からないもの。もしかすると、“フォレスト婦人”になる日も近いかもね」

 するとヴィルの隣で黙って話を聴いていたエペルが、キラキラと目を輝かせた。

「すごい! ヒトハサン、玉の輿ですよ!」

 しかしすぐに思い直したのか、「でも、なんか」と表情を曇らせる。

「ちょっと、想像つかないかも?」
「私もですよ……」

 ヒトハ自身も、ヴィルの言うことは何一つ想像できなかった。お屋敷で大層な名前を貰って豪華に暮らすよりも、素朴な部屋で、ドラマでも観ながら悠々と庶民の暮らしを楽しむほうが向いている。
 生徒たちに向けて、ヒトハはきっぱりと言い切った。

「リオさんは本当にパートナーを探すのに困っているかもしれないですし、友人のよしみで呼んでくれているのかもしれません。憶測で話しては失礼です」
 そこまで言って、考える。
 それで、行くのか。行かないのか。

「リオさんは大切な友人です。せっかく頼ってくれたので、できる限り力になりたいと思っています。それに、ヴィル様の言うように経験だと思えば、行ってもいいかなと思うんですけど……」

 ヒトハは言葉を濁らせた。

「けど?」

 ルークが落ち着いた声で先を促す。
 ヒトハはしばらく言うべきか迷った。パーティーに参加するのはいい。せっかくの頼みごとをはねのける理由もないし、久しぶりにリオにも会える。煌びやかな場は得意ではないが、一夜限りであれば、良くも悪くも経験になるだろう。
 けれど一つだけ。たった一つだけ問題がある。それがヒトハにとっては、最も引っかかることだった。

「絶対いい顔しないんですよね、先生……」

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