清掃員さんと先生のサマーホリデーの話

02 再会

「先生、それ、何ですか?」

 クルーウェルは古びた本から顔を上げ、「これか?」とページに親指を挟んだまま、その本を掲げた。
 ずいぶんと古い本だ。深い赤色をした表紙にはところどころに染みが見られ、タイトルを囲う装飾は擦り切れている。ページは日に焼けているのか、酷く黄ばんでいた。彼がこの魔法薬学室で本を読んでいる姿はよく見かけるが、これほど古い本は珍しい。
 クルーウェルは寄りかかっていた教壇から体を起こし、斜め前に座るヒトハに本を差し出した。

「かなり昔に書かれた魔法薬の本だ。何かの手がかりになるかと図書館から借りてきたが……残念ながら、参考にはならない」
「へぇ」

 ヒトハは受け取った本を開き、ページに目を落とした。古い書体で綴られた古めかしい文章は、読み易さなんてあったものではない。やたら小難しい言い回しが多く、それはたった数行の間にヒトハの読む気をことごとく打ち砕いた。

(こんな難しい本を平然と……?)

 クルーウェルの知性に慄きながら、ページを捲る。
 そこにはドラゴンの絵が大きく描かれていた。長い首に長い尾、大きな翼に鋭い爪と牙。体を彩るインクは掠れているが、どうやら赤いドラゴンらしい。特徴的なのは、額に石のようなものが埋め込まれているところだろうか。

「この本には魔法薬の調合についてや素材になる植物、生き物について記されている。しかし明らかに非現実的な魔法薬や伝説上の生き物、オカルトなものまで一緒にされていてはな……」

 クルーウェルは期待していたものに時間を潰されたのが納得いかないのか、不満顔で言った。

「例えば、〈不老不死になる魔法薬〉とかがそうだな。それから、これ」

 彼はヒトハが見ていた絵を指先で叩いた。

「これは〈カーバンクル〉。所有者に富と名声をもたらす妖精だ。今は実在しないとされている」
「本当にいたら、みんな探してるはずですもんね」

 ヒトハはクルーウェルの解説を聞きながら頷いた。そんなものが存在していたら、一度は耳にしたことがあるはずだ。それがないということは、やはり彼の言う通り伝説上の生き物なのだろう。
 クルーウェルは本を拾い上げると、ページをパラパラと捲りながら言った。

「とはいえ所詮は人間が書いた書物だ。妖精族の領域を調査すれば、実在するものもいるかもしれないな」

 パタン、と本を閉じる。

「まぁ、読み物としてはなかなかに面白いぞ。著者が生きた時代の価値観や、当時の魔法士たちが目指していたものがよく分かる」
「へぇ」

 ファンタジーでしかない書物も、そういう視点で読めば役に立つものなのか。さすが学問を生業にしているだけあって、自分には思いつかない考え方だ。
 感心しているヒトハに、クルーウェルは片手で本を掲げながら問い掛けた。

「お前も読むか?」

 ヒトハはすかさず首を横に振った。数行で読む気を失う書物など、一生かかっても読める気がしない。

「お前な、ちょっとは興味のある素振りでも見せたらどうだ」
「だって、見るからに難しいんですもん」
「諦めが早すぎる……」

 クルーウェルはヒトハに本を読ませることを諦め、「それはそうと」と腕を組んだ。

「いい加減に無駄なあがきはやめろ」

 犯人を追い詰めた刑事のような台詞である。ヒトハはちらりと机の上に目をやった。
 机には魔法薬の瓶がぽつんと置かれている。瓶は夕日に照らされて、異様な色彩を放っていた。これは赤なのか、それとも、オレンジなのか。
 どちらにせよ飲むに躊躇われる液体であることに違いはなく、ヒトハは憂鬱なため息を落としたのだった。

 学園を覆う緑が眩しい夏の色を纏い始める季節。長く空を照らしていた太陽がいよいよ地平線の先に沈みかけた頃に、ふたりは魔法薬学室で仕事終わりの時間を過ごしていた。週に一度の魔法薬の実験──もとい、ヒトハの両手に残った傷痕の治療のためである。
 ヒトハは目の前に置かれた魔法薬の瓶をじっくりと観察した。毎度のことだが、不味そうな見た目をしている。おそるおそる蓋を開けると、魔法薬のツンとした酸っぱい臭いが鼻の奥を容赦なく突き刺した。

「うへぇ……」

 目がシパシパする。どうして魔法薬というのは、どれもこれも嫌な方面で刺激的なのだろう。これだけ種類があるのだから、美味しいものも、無味のものもあっていいはずだ。リンゴ味とか。

「教授が貴重な素材を送ってくださったからな。ありがたく飲めよ」

 クルーウェルは彼の杖である指揮棒を振り、教壇に散らかった本を棚に仕舞いながら言った。
 ヒトハは瓶の口から視線を上げ、クルーウェルを仰ぎ見る。

「フォレスト教授、また素材を送ってくださったんですね」

 モーリス・フォレスト教授。昨年末にヒトハの魔法薬について相談すべく輝石の国まで訪ねに行った、魔法薬学界の権威である。
 彼の屋敷で起きた事件は記憶に新しい。彼の息子であるリオ──レナード・フォレストがオーバーブロットし、鉢合わせたヒトハとクルーウェルが命を賭けて彼を救ったのだ。今日の調合に使われたのは、そのお礼として学園に届けられたものだった。学園を通してではなかなか手に入らない貴重な素材は、教材としてもありがたく使わせてもらっている。

「そういえば、リオさんも魔法の勉強を頑張ってるみたいですよ」
「……ほう?」

 クルーウェルが指揮棒を手にしたまま、ぴくりと反応した。
 彼はリオと連絡を取り合ってはいない。ヒトハは近況を教えるつもりで話を続けた。

「今も教授の仕事に同行して各国を回りながら、魔法を教えてもらっているんですって。最近は箒に乗る練習を頑張っているのだとか」
「ふぅん」

 リオは箒が苦手だと言っていた。「高いところが怖い」という可愛らしい理由で、まだ数メートル程度の飛行しかできていないのだという。飛行術を得意とするヒトハには想像もつかないことだが、この学園でもそういった理由で飛行術を嫌う生徒は少なくはない。

「賢者の島に来たときにご飯に行く約束をしているんですけど、なかなかこちらまで来る予定がないみたいで」

 と、ヒトハが言うと、クルーウェルは急に指揮棒を振るのをやめた。ジトリとした目でこちらを睨み、形の良い唇をムッと歪ませる。

「あれは断ったはずでは?」
「え?」

 ヒトハは首を傾げた。確かにリオの誘いは一度断っているが、それは自分の意思ではない。あの大晦日の夜、クルーウェルはヒトハからスマホを奪い、リオの誘いを勝手に断ったのだ。

「何言ってるんですか。先生が勝手に返信したんだから無効ですよ」
「お前もすぐには訂正しなかったじゃないか」
「それはリオさんがオーバーブロットした直後だったから、あまり長々とやり取りするのも悪いと思って。これは最近のお誘いで──」
「最近の?」

 先を促しながら、こちらを見る目が冷たい。ヒトハは開きかけた口を閉じた。
 ただの世間話なのに、どうしてこんなに不機嫌なのだろう。そんなに自分抜きで食事に行くのが気に食わないのだろうか。言ってくれたら誘うのに。

(まさか先生、リオさんのことが嫌いなのかな……?)

 そういえばリオとの別れ際に攻撃的になっていたことを思い出し、ヒトハは納得した。最後には『駄犬』とも呼んでいた気がするから、そもそも相性がよくないのかもしれない。誰にだって苦手な人はいるものだ。それがたまたま、リオだったのだろう。

(触らぬ先生に祟りなし)

 それならばと、ヒトハは無理やり話題を変えてしまうことにした。

「それより、先生は教授と連絡を取り合ったりしてるんですか?」

 クルーウェルはまだ疑り深い目をしていたが、ヒトハがこれ以上は白状しないと知ると、はぁ、とひとつため息をついた。

「たまにな。最近は〈歓喜の港〉に行ったと聞いた」
「ええっ! 歓喜の港!?」

 歓喜の港といえば、美しい海と陽気な音楽、色鮮やかな街並みが人気の観光地である。出身のサムによると世界的に有名なレストランもあり、料理も大層美味しいのだという。

「いいなぁ! チキンガンボ! ベニエ!」

 先ほどまでの気まずさをポーンとどこかにやって、ヒトハは目を輝かせる。そんなヒトハをクルーウェルは鼻で笑った。

「腹が減っているのなら、目の前の“飲み物”を飲んだらどうだ?」
「飲み物……?」

 ヒトハの目の前には一滴も減っていない魔法薬がポツンと出番を待っている。これを飲み物と表現するには、ちょっと無理があるのではないだろうか。
 しかし結局のところ、これを飲まなければ今日が終わらない。なんせ今日の本来の目的は雑談ではない。魔法薬を飲むことなのだ。
 ヒトハは渋々瓶を手に取った。思い切って口元に当て、息を止め、勢いよく喉に流し込む。

「おぇ」

 見た目の印象と違わぬ壮絶な味である。ベッと舌を出して鼻筋をしわしわにしていると、目の前にグラスが差し出された。無味無臭、無色透明の水である。ヒトハはそれもまた勢いよく飲み干し、舌に残る嫌な味を洗い流した。
 魔法薬の効果が出るのは早い。まずは指先から痺れが駆け上がり、皮膚の下が沸騰しているかのように波打つ。それは次第に激しさを増し、ピークに達すると、瞬く間に元の形に戻っていった。
 ヒトハはホッと小さく息を吐いた。肌がほんの少し日に焼けたような色に変わっているようだが、それ以外は完璧な変身である。

「今日が一番安定してますね」
「ああ。変身薬の効果を部分的に適用させるのは難しかったが、今回はなかなか悪くない結果だ。上手く応用できれば効果のかけ合わせも可能かもな」

 変身薬は本来、人魚を二本足の人へ、人をゴーストへと一時的に別の姿へ変身させる魔法薬である。しかも姿かたちだけでなく、身体能力までをも書き換えてしまう。今回はその効果を身体の一部分にだけ適用させるというものだった。クルーウェルの声もいつもより明るく、きっと成功だ。……けれど、一体何に変身したのだろう?
 ヒトハが両手を前に首を捻っていると、クルーウェルは突然声のトーンを下げ、「だが」と言った。

「ひとつ注意すべきことがある」
「注意?」

 ヒトハはゴクリと喉を鳴らした。

「お前の手は今、一般的な人間が持つ力を超えているからな。力加減に気をつけろよ」
「え?」

 ヒトハは目の前に両手を広げた。これといって特徴もない、普通の手だ。これが今、“一般的な人間が持つ力を超えている”らしい。

「……先生、ちょっと私と握手してみません?」
「俺の話を聞いていたか? するわけないだろう」

 クルーウェルはフンと鼻を鳴らしながら素っ気なく言うと、教壇に戻り、ノートを開いた。忘れないうちに今日の結果を書き留めるつもりなのだろう。いつも通りなら、これから十分は無言だ。
 途端に手持無沙汰になってしまったヒトハは、つまらなさそうに自分の手を見下ろす。

(一般的な人間の力を超えているって……何?)

 駄目、と言われるとやりたくなるのが人間のさがである。ヒトハはこっそりと空になった瓶を持ち上げた。
 この瓶を思いっきり握ったらどうなるのだろう。割れてしまったりするのだろうか。
 と、ほんの少し力を込めた瞬間、パキッと軽い音が鳴る。瓶の表面には、木の根のように枝分かれした線が細く長く走っていた。これ以上の力を込めたら、そこから粉々に砕け散ってしまうかもしれない。

(握手しないで正解だったかも)

 ぎゅっと握れば彼の華奢そうな手など粉砕骨折まっしぐらである。
 駄目と言われたことをやってしまった手前、クルーウェルに知られるわけにもいかない。ヒトハは小言を言われる前に、瓶をこっそりと直してしまうことにした。この程度なら自分の修復魔法でも直せるはずだ。

「そういえば」
「は──うわっ!?」

 パンッ! と破裂音が響く。ヒトハの手からガラス片が飛び散り、それは無残な姿で床に散らばった。
 目を丸くしながら瓶がなくなった手を凝視していたふたりは、そろそろと顔を見合わせる。

「……怪我は?」
「……ないです」

 ヒトハはぽかんと口を開き、驚いた顔のまま答えた。なんと、ガラスを粉々にしたはずの手には切り傷ひとつ見られないのだ。異常な握力ばかりか、強靭な皮膚まで手に入れてしまったらしい。
 クルーウェルはそれを見て、「ふむ」と何か分かったような口ぶりで言いながら、ノートに大きく×を書いた。

「ゴリラの獣人属はやめておいたほうが無難だな」
「ゴリラ……?」

 クルーウェルは何事もなかったかのようにノートを閉じ、指揮棒を一振りした。無惨に床に飛び散ったガラス片は勝手に寄せ集まりながら元の形に戻っていく。
 気を取り直すように小さく咳ばらいをすると、彼は先ほど途切れた話の続きを始めた。

「で、お前は今度のサマーホリデーは極東に帰るのか?」
「サマーホリデーですか?」

 ヒトハは手に付いたガラス片を叩き落としながら問い返した。
 学園はあと少しでサマーホリデーに入る。ウィンターホリデー以上に長い特別な休暇だ。この時期は生徒も職員も目前に迫った長期休暇への期待に胸を膨らませていて、休みの予定が話題に上がることもしばしばだった。
 しかし悲しきかな、今のところカレンダーに目立った予定はない。

「一応、実家に帰る予定です。でも帰ったところでやることもないし、ちょっと悩んでます」
「ということは、特に予定はないと」
「はぁ、まぁ、そうですね……」

 自分で言っておきながら悲しくなってきた。
 サマーホリデーは長い休暇だから、外国に長期で滞在する人も多い。クルーウェルもひとりで北国に行って車を走らせるほど旅好きと聞いているから、どこかへ行くのだろうか。
 ヒトハは自分の考える休暇の過ごし方に実家に帰るか学園に残るしか選択肢がないことに気がついて、少し憂鬱になった。今から旅行の計画を立てようにも、すでに草木も鮮やかな初夏である。旅行先を探しているうちにホリデーに突入してしまう。

「先生は? 薔薇の王国に帰るんですか?」
「いや、未定だな。俺もどう過ごすか悩んでいる」
「へぇ……」

 もうとっくに予定はぎゅうぎゅうに詰まっていると思っていたのに、意外なことである。彼ならば休みを目一杯使って自由に北へ南へと旅していてもおかしくはないものだが。決まっていないということは、実家に行くという選択肢もあるのだろうか。
 そこでふと、ヒトハの頭で別の興味が疼いた。実家。そう、家族である。

「そういえば私、先生のご家族の話って聞いたことがないんですけど!」

 ピーン! と閃いて、両手で机を叩く。すると机の天板は、ミシッと嫌な音を立てながら軋み、少しだけ沈み込んだのだった。

「……先生、なんでゴリラの獣人属にしたんですか?」
「たまたま素材が手に入ったからだ。テスト用だから一時間も経てば戻る。お前はもう何も触るな」

 クルーウェルは無責任なことを言いながら、再び指揮棒を振った。怪力で凹んでしまった天板が元に戻っていく。

「それより先生のご家族のこと……」
「機会があればな」

 なおも食い下がるヒトハに対し、クルーウェルは相変わらず素っ気ない。
 ヒトハは不貞腐れた顔で机に頬杖をついた。元通りになった空の瓶を眺め、そういえば今日の用事はもう終わっているのだと思い出す。
 週に一度、この時間、この場所で、こうやって少しの苦しみを味わい、一歩ずつ前進する。文句を言いたくなる日もあるけれど、これが自分にとってのかけがえのない日常だ。それは魔法薬が未完成である限り続く。
 つまり今日の次はあるけれど、次にこの手が治ってしまったら、その次はないということである。いつかこの日常は必ず終わりを迎える。終わってしまったら、どうなるのだろう。
 たまにそんな途方もないことを考えてみては、少し悲しい気持ちになった。そして終わって欲しくないと考えてしまう自分のことを、後ろめたく思うのだ。
 彼はどうだろう。面倒な役割から解放されて、嬉しいと思うのだろうか。
 そこまで考えて、ヒトハはちょっと嫌な気分になった。
 むっつりとしたまま「ケチ」と呟く。すると遠くから「ケチではない」と素早く返ってきたのだった。

 カチリ、と赤い手が鍵を回す。
 薬品庫と魔法薬学室の施錠に気を遣うのは、いたずらで悪知恵の働く生徒たちが盗みに入って大惨事にならないようにするためだ。魔法薬はもちろん、素材ですら扱いを間違えれば取り返しのつかないことになるのが魔法薬学である。
 それを体現している両手が元の傷痕だらけの姿に戻り、さて帰ろうと思った頃には、太陽と入れ替わった月が高く昇り始めていた。
 クルーウェルが魔法薬学室の戸締りをしているのを隣で見ていたヒトハは、突然耳元で鳥が羽ばたくような音を聞いて、びくりと顔を上げた。

「ひえっ!」

 驚いたヒトハの声に釣られ、クルーウェルは「どうした!?」と素早く振り返った。しかしすぐにその正体に気がつくと、拍子抜けしたように肩を落とす。

「なんだ、鳥か」
「鳥?」

 クルーウェルの視線はヒトハの顔ではなく、肩に向いている。ヒトハは顎を引きながら、おそるおそる肩を見下ろした。そこにいたのは白くふんわりとした塊。手のひら大の、白い小鳥である。

「かっ……かわいい!」

 ディアソムニア寮のシルバーの周りに可愛らしい小動物が集まっているのはよく見かけるが、普通の人間にはそんな機会はない。ヒトハは驚かせないように肩の小鳥を指さし、「先生、かわいいです!」と小声で大喜びした。
 しかしクルーウェルはヒトハに共感するわけでもなく、じっと目を細めて鳥を観察する。かと思いきや、いきなり片手で鳥を掴み上げた。

「なっ! 何してるんですか!? 動物虐待!」
「これは動物ではない」

 彼は掴んだ小鳥がピチチと愛らしく鳴きながら羽をばたつかせているのを無視して、それをヒトハの手の上に落とした。

「魔法道具だ。俺は嫌いではないが、こんなアナログを使う知り合いがいるのか?」
「アナログ?」

 鳥は手の上で何事もなかったかのように起き上がると、くるりと翻った。すると白く柔らかな羽毛は、一瞬のうちに上質な封筒へと姿を変えたのだった。

「古い文通の手段だな。今どき魔法士ですら連絡手段はスマホだから、見る機会がないのも当然だろう。年配の魔法士か、それなりの家柄同士なら使うこともあるだろうが……もしかして、以前言っていた学生時代の恩師か?」
「ええ?」

 流暢に書かれた自分の名前を見て首を捻る。上品な筆跡は、あの教師とはまるで違う。送り主の名前を探して、ヒトハは封筒をひっくり返した。

「あ」
「あ?」

 覗き込もうとするクルーウェルから隠すように、ヒトハは封筒をポケットにさっと仕舞い込んだ。

「やっぱり昔お世話になった先生からでした」

 あとでお返事書かなくちゃ、と肩をすくめる。彼は探るような目をしていたが、しかし他人宛ての手紙について詮索する気はないのか、あっさりと引き下がった。

「返事を出すなら手伝ってやろう。その魔法道具には少なくはない魔力がいるからな」
「ありがとうございます……」

 ヒトハはクルーウェルの親切に感謝しながら、ぎこちなく笑ったのだった。

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