深雪の魔法士

後日談「旅の思い出」

 花の街?
 彼女は目を見開いて言った。そして「懐かしいですね」と、じんわり微笑む。
 薬草の様子を見るために植物園に訪れた生徒は、学園の清掃員であるヒトハと教師のクルーウェルに出会った。ふたりはちょうど話し込んでいる最中だったが、生徒が気まずそうに現れると、声を掛けてきたのだ。もちろん、彼女のほうから。
 生徒は挨拶程度で終わらせるつもりだったが、薬草の話になると今度はクルーウェルがよく食いついた。三人の話は脱線を繰り返し、最後には一部の生徒たちが他校との交流会で訪問しているという、輝石の国の〈花の街〉に行きついたのだった。

「ヒトハさん、行ったことあるんですか?」
「ええ、旅行で」

 答えると、ヒトハは隣のクルーウェルをちらりと見上げた。彼は何と言うわけでもなく眉を弓形に上げ、軽く肩をすくめる。
 闇の鏡を使えば一瞬ではあるが、輝石の国は賢者の島からそれなりに遠い異国の地となる。生徒はこの学園に来るまでは生まれた国から出たことがなかったから、彼女の話にはとても興味があった。
 ヒトハは「綺麗な街でしたよ」と異国の旅を懐かしみながら答えた。

「ホテルから一望できる街とノーブルベルカレッジの夜景には感動しました。ね、先生」
「へぇー……ん?」

 生徒は相槌を打ちながら考える。はて、今彼女は何と言ったか。
 さっとクルーウェルの様子をうかがうと、彼は落ち着いている風を装いながら「人違いじゃないか?」とヒトハの発言をやんわりと訂正する。
 ホテルから一望できる街、夜景、先生……気になる。
 生徒が目を細めてふたりを交互に見ていると、ヒトハはそこでようやく自分の過ちに気がついて「あ!」と大声を上げた。

「人違いでした! 人違い! やだなぁもう、私ったら。へへ」

 そのオーバーリアクションが真実を物語っていると分かっているのだろうか。このふたり、やたら仲がいいと思ったら、まさか外国まで一緒に旅行に出かけてホテルまで……。
 こほん、と咳払いが聞こえる。

「次の授業の準備を忘れていた」

 クルーウェルは白々しく言い、「引き続き観察を怠らないように」と生徒に言い付けると、さっさとその場を離れようとした。唐突に置いて行かれそうになったヒトハは、慌ててその背を追う。

「ちょっと待ってください、先生! あっ、さっきの話、忘れてくださいね……?」

 生徒は去り際の彼女から口止め料らしきキャンディを握らされた。
 しかしこれで口に戸が立てられるかは、あまり自信のないことだった。

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