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昼の余韻
夕食を終え、休みの余裕に浸る夜の時間。明日はこれと言って予定もなく、寝支度を整えるには早すぎる。
晩酌の残りを片手に、クルーウェルは静かなリビングを見渡した。
——さて、何をしようか。
そこで視線が部屋の大部分を占めるソファとテレビに向いたのは、昼間の騒がしさをつい思い出してしまったから。ソファの背の向こうで落ち着きなく揺れるつむじが、ついそこにあるような気がしてしまったから。
一週間分の仕事を終えた今日、クルーウェルの家には客人がいた。実際は客人というよりは押しかけてきた迷惑な女と言うのが正しい。
クルーウェルが暇つぶしに動画のサブスクリプションに加入していると知った清掃員、ヒトハ・ナガツキが「観たいやつが配信されたので」という実に雑な理由で貴重な休日に乱入してきたのである。
今日は趣味で作り始めた服を仕上げようと思っていた日だったから正直に言えばお帰り願いたかったが、とはいえ、特に構って欲しいわけでもないらしい彼女がそこにいたところで不都合があるわけでもない。
大人しくしてろよ、と言いつけて家に入れてやると、ヒトハは「はぁい」と分かってるのかよく分からない返事をして、すっぽりとソファに収まったのだった。
こうして自分は作業部屋に引っ込んで勝手に過ごさせていたのだが、彼女は言いつけ通り、本当に静かにしていた。ただ部屋から聞こえる音が派手な爆発音の連続だっただけで。
休憩がてら様子を見に行くと、ソファの背面から覗く頭がスピーカーの音量に合わせて揺れていたのには少し参った。主役級の脇役が死にかけてるシーンに笑ってしまっては、いいとこだったのにと不貞腐れて週明けまで引き摺るに違いない。
こうして存分に観たい映画を堪能したらしい彼女は、夕方あたりに作業部屋の扉を叩き、満足そうに礼を言うと、さっさと帰ってしまった。
先生、夜寝れなくなったりしないんですか? なんて言葉を残して。
クルーウェルはなんとなく、ちょうど昼間に彼女が占領していたあたりに座って、ローテーブルに放ってあるリモコンを手にした。
先日見かけたタイトルが気になっていたから、良い機会だ。今晩は映画でも観て過ごそう。
そう思ってホーム画面を開き、思わず笑ってしまった。おすすめ映画がものの見事に派手なタイトルばかりになっていて、彼女の言う“寝れなくなる映画”がどこか遠くへ追いやられている。
「あいつ、飽きないのか……?」
などと声を震わせながら観始めた映画は、のっけから大爆発をかますし、あり得ないシーンで人が死ぬ。あいつはいいやつだったのにな。
思い出して晩酌の残りを煽ると、すっかり水で薄くなったアルコールが半端に喉を焼いた。
「不味い」
クルーウェルは空のグラスを片手に、眉を寄せながら笑った。
今度は彼女の隣に座ってみるのも悪くないかもしれない。
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