short

清掃員さんと星に願いを

 星送り。
 それはツイステッドワンダーランドの伝統行事である。星に願いを届けた伝承に基づいて、願いを込めた“願い星”を飾り、特別な舞を披露する。ナイトレイブンカレッジにおいては学園の裏にある大樹がその舞台となった。

***

 悪天候に見舞われながらもイデアとオルトの機転によって無事に星送りを終え、クルーウェルはだらだらと残る生徒を寮に追い返すという全く気の乗らない仕事をしていた。
 歩き回って見ていると学園長によって集められた記者たちもすでに帰ってしまい、大樹の周りには舞台で使った道具やらの備品、またはゴミばかりが残っている。それらを回収し、掃除して回るのは専ら彼らの仕事だ。
 クルーウェルは忙しそうに片付けをしているゴーストたちの中に紛れ、ひとりでじっと佇んでいるヒトハに思わず声をかけた。

「どうした?」

 もはや顔馴染みとなった彼女は、ぱっと顔を明るくして振り返った。

「なんか余ってるみたいで。懐かしいなぁと」

 余っている、と言ったその手には黒く光が灯っていない願い星がある。
 ナイトレイブンカレッジに勤めていれば毎年見ることになるが、少し前まで企業に勤めていた彼女にしてみれば、とても懐かしいものなのだろう。
 ヒトハはそれをわざとらしく両手に包み込み、祈る真似をした。

「『昇給しますように』! なんちゃって」
「それは願いごとなのか……?」
「さぁ? 特に願うこともなくて」

 ヒトハはさっぱりとそう言って首を傾げた。願い星は相変わらず黒いままだ。
 大人たちにとってこの行事は、その程度のものだった。祈ったところで叶うわけでもないし、おまじない程度だから本気で願うこともない。

「これ、微弱な魔力と体温で勝手に光るらしいですね。面白いですけど、知ってからは本気で願わなくなったなぁ。昔は『偉大な魔法士になれますように!』とか、願ってましたけど」

 いやぁ、無理でしたね。と笑う姿はあっけらかんとしている。生まれつき魔力量が少ないという体質を思えば、多少悔いがあってもいいところだが。そうはならないところが彼女らしかった。

「でも、そうですねぇ。今願うのなら……」

 ヒトハは空を見上げ、少しだけ考え込んだ。
 ほんの少し前に降り注いだ流れ星を思い出すように、星空の天辺から大樹へと視線を滑らせ、そしてやっと納得いったように頷く。

「『みんなの願いが全部叶いますように』、でしょうか?」
「なんだ、唐突にスケールが大きくなったな」
「ええ、どうせお願いごとするなら大きくいきましょう!」

 ヒトハは願い星を手に、これくらい、と両手を広げた。
 いくら何でも欲が深すぎる気がしたが、結局はおとぎ話やおまじないの域を出ない話だ。彼女も大人で、それくらいは当然理解しているのだろう。いつもであれば瑞々しく輝く瞳が、今日に限っては柔らかく細められている。それは懐古と羨望と、そして慈愛に満ちた瞳だった。

「私はもう自分で叶えられる願いしか持てないけど、でも、自分では叶えられない願いを持っている子もいるでしょう? 私はそんな願いが叶えばいいなって思います。……変ですかね?」
「いや、お前らしくていいんじゃないか?」

 ヒトハは目を瞬いて、嬉しそうに微笑んだ。
 彼女にとって一番の願いはとうの昔に置き去って来たのだ。叶えることはできずに手放して、それでもいいと折り合いをつけて、けれども誰かの願いが叶えばいいのだと微笑む。ある意味歪で、それであって真っ直ぐな彼女の願いは、自分ではなく他者のためにある。

「この光がいつか届いて、あの子たちの未来を照らしますように」

 両手に包んだ願い星が輝いて「私の魔力でも光るからお手軽ですね」と夢もないことを言いながら面白そうに笑う。
 ヒトハは願い星が取り払われた後の大樹に自分の願い星をかざした。星送りはすでに終えて、願いは空に届いた。取り残された星が地にありながら眩く輝く姿は、まるで彼女自身のようだ。

「だが、こういう時は怪我について願掛けしておくのが無難だろう」

 野暮かと分かっていながら、あえてクルーウェルはその言葉を投げた。両手に負った怪我の痕が消えること。それがヒトハ・ナガツキという女性にとって、自分自身のための一番の願いであるはずだ。
 しかしヒトハはそれを聞くと、ニヤリと口の端を上げたのだった。

「それは先生が叶えてくれるんでしょう?」
「……それもそうだな」

 そういえばそういうやつだったな、と思い至って思わず笑いが溢れる。これほど自分を盲信する人間も他にはいないというのに。
 ヒトハは満足したのか、片づけを再開するべくゴミ袋を取りに行こうとして、突然「あーっ!」と大きな声を上げた。

「マジフトの観戦チケット、抽選当たりますようにって願えばよかった……!」

 この世の終わりかのような酷い声に、クルーウェルは苦々しい顔で呟いた。

「さっきまでのは何だったんだ……?」
「先生! 今からでも遅くないので、先生も抽選参加してみません!?」

 おおかた観戦チケットの当選確率を上げようとでもしているのだろう。先ほどとは打って変わって必死な様子で、ともすれば手に持った自分の星を今にでも放り投げそうな勢いである。
 クルーウェルは手で払いのける仕草をしながらため息をついた。

「俺が聞く願い事は一つだけだ」
「えーっ!」
「ビー クワイエット! さっさと、仕事を、しろ!」
「はぁい」

 渋々片づけを始めながら、まだ何か言いたいことがあるのかヒトハは星を片手に振り返る。

「これ、記念に貰っていいですかね?」
「……いいんじゃないか?」

 そう言うと、けろりと機嫌を直して片づけを始めるから本当にお手軽でいい。
 クルーウェルはバルガス辺りが観戦チケットをいくつか持っているかもしれないな、と考えながら、すっかり雲が晴れた星空を見上げた。先刻のあの大樹のような星々が、地上に向けて強く眩く光を放っている。
 いつか彼らの願いが叶って、彼女を照らすことを願うばかりである。

送信中です

×

※コメントは最大10000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!