魔法学校の清掃員さん

13-05 清掃員さん、連行される

 ようやく期末試験が終わり、生徒たちが校舎の周りを浮かれた様子で行き交うのを眺めながら、ヒトハはいつものベンチに座っていた。自分には関係のないことと分かっていながらも、やはりこの開放感溢れる空気を味わいたいと自然と足が向いたのだ。

「こんにちは」
「私は忙しいのでこれで……」

 とはいえ、歓迎されない訪問者がいるとなれば話は別である。さっと腰を上げようとしたが、目の前を高身長の青年に陣取られては右にも左にも行けずに座り直すしかない。
 恨めしそうに見上げるとリーチ兄弟の片割れ、ジェイドは心底楽しそうに微笑んだ。

「一緒に働いた仲なのに、酷いじゃないですか」
「私をこき使っておきながら、どの口が言ってるんですか。もう私はついて行きませんからね!」
「おやおや、嫌われてしまったようですね」

 と言いながら困ったように笑うのが胡散臭いのだと分かっているのだろうか。そう思ったが、きっと分かってやっているのだろうと思い至って、いっそう空恐ろしくなった。その点、フロイドもアズールもまだ“優しい”方なのだろう。今のヒトハにはクルーウェルの忠告がよく理解できた。いかに自分が大人であろうと、彼らは敵に回したくない相手である。

「でも、私の体が二つあるなら、二号店ができるところは見届けたかったですね」

 それでもヒトハは、言葉を選びながらポツリと零した。
 恨みは多少あれども、これは本心である。モストロ・ラウンジの一員であったのは一瞬だったけれど、彼らの見る夢の一端を自分も見たいと願ったのだ。
 ジェイドは彼らしくなく意外そうに目を見開いて、そして笑ったのだった。

「いつでもヘルプに来てくださいね」
「……まぁ、暇だったら考えときます」

 きっとしばらくはないけれど、と心の中で言いながらヒトハもまた小さく笑った。

「そういえば、カリムくんが来た時にしらばっくれることもできたわけじゃないですか。なんで素直に帰してくれたんですか?」
「それはもちろん、ハイリスク・ローリターンだからですよ」

 ジェイドは歯に衣を着せる気がまったくないのか、ずいぶんとストレートに答えた。
 ハイリスクはまだしもローリターンとまで言われれば、自分の戦力を侮られているようでいい気はしない。ヒトハはムッとしたが、彼はそれも織り込み済みで言っているらしい。それにはどこか含みがあり、これ以上は伝える気がないようだ。

「それに、労働力に関して言えば十分に確保できる予定ですので」

 本当の答えはこっちだとでもいうように「十分に」と強調しつつ微笑む。
 背筋をぞわぞわと這い上がる嫌な予感に、ヒトハは口元をへの字に歪めた。自分のような哀れな生徒たちが出てくるのかもしれない、と思うと、まだ見ぬ犠牲者たちにどうしても同情心を抱いてしまう。

「……程々にしてくださいよ」
「さて、どうでしょうね?」

 こうなっては止めても無駄だ。せめて自分のように、誰かの助け舟があることを祈るばかりである。

「そろそろ開店準備の時間ですね。――それでは、今度はお客様としてお待ちしております。なにかご用命がありましたら、ぜひモストロ・ラウンジへお越し下さい」
「はいはい」

 ジェイドはそう言い残して、今日も彼らの店へ向かった。
 そしてヒトハは最後の最後まで商魂逞しい彼らに敬意と恐怖を抱きながら、ようやく腰を上げたのだった。

 両足の隙間を冬の風が通り抜け、制服の裾を揺らす。この地にも本格的な冬が訪れようとしている。今年のホリデーはどうやって過ごそうか考えながら、ヒトハもまた、浮かれた気持ちで自室へ向かった。

送信中です

×

※コメントは最大10000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!